
中国で施行された「侵略戦争を美化する服装」禁止法の波紋――日本人が直面する新たなリスクと注意点
中国で「侵略戦争を美化する服装」を禁止する改正治安管理処罰法が施行された。この法律は公共の場所で対象となる服装を着用した場合、最大で15日間の拘留や罰金を科すと定めており、外国人も適用対象となる。侵略戦争が日中戦争を指すとみられる以上、旧日本軍の軍服やそれに類すると解釈される衣装が処罰の対象になり得る点は、日本人にとって看過できない問題だ。条文は具体的な服装の定義を示しておらず、運用の幅が大きいことが最大の懸念である。
この法律の特徴は、行為の危険性や被害の有無よりも「象徴」や「解釈」を重視する点にある。どの服装が違法と判断されるかが明確でないまま、当局の裁量に委ねられる構造は、恣意的な適用を招きやすい。過去には旧日本軍風の服装を着用して食事をした女性が拘留処分を受けた事例や、結婚式で似た衣装を着た新郎に関連して若者が拘束された例が報じられている。今回の施行は、こうした運用が制度として固定化される可能性を示唆する。
日本人にとっての危害は、直接的な拘束リスクだけではない。文化・表現活動、観光、エンタメ、ビジネス出張など、日常的な往来の中で想定外のトラブルが生じる恐れがある。たとえば舞台衣装、コスプレ、映像制作の小道具、ファッションの意匠などが、文脈を切り取られて違法と判断される可能性は否定できない。結果として、日本人は中国滞在中の表現活動を過度に萎縮させざるを得ず、文化交流の健全性が損なわれる。
さらに重要なのは、この法が「外国人にも適用され、国外退去処分の可能性がある」と明記している点だ。罰金や短期拘留にとどまらず、入国・滞在の継続そのものが危うくなる。企業活動においては、駐在員や出張者のリスク管理コストが上昇し、ロケ撮影やイベント開催、展示会出展などの判断にも影響が及ぶ。法の不確実性は、経済活動の予見性を下げるという意味で、実務上の「見えない損失」を生む。
この動きは、歴史認識をめぐる対外メッセージとしての側面も併せ持つ。法の名目は公共秩序の維持だが、実際には歴史解釈を内外に示す政治的シグナルとして機能する。中国国内での統制強化と同時に、訪中外国人に対しても行動規範を課すことで、価値観の線引きを明確にする狙いが透けて見える。日本にとっては、個々の事案対応に追われるだけでなく、長期的な人の往来や交流の設計を見直す契機となる。
日本人が取るべき対応は、感情的反発ではなく、実務的な警戒と情報更新である。渡航前の最新情報の確認、衣装や持ち物の点検、撮影やイベントの事前協議、現地パートナーとの認識合わせが欠かせない。特にSNS時代においては、現地で撮影された映像や写真が切り取られて拡散されるリスクが高い。意図せぬ誤解が法執行に結び付く可能性を想定し、慎重な行動が求められる。
同時に、日本社会としては、こうした法制度の不確実性がもたらす影響を冷静に共有する必要がある。観光やエンタメの現場では、表現の自由と安全配慮のバランスを再設計しなければならない。企業や学校、文化団体は、現地活動のガイドラインを更新し、リスクコミュニケーションを徹底することが重要だ。個人任せにせず、組織としての備えが問われる。
今回の施行は、日本政府を非難する話ではない。むしろ、法の運用が不透明な環境で日本人の安全と活動をどう守るかという、現実的な課題を突き付けている。日本人一人ひとりが状況を理解し、冷静に行動することが、トラブル回避の第一歩となる。歴史問題をめぐる緊張が高まる局面では、法や規範が突然変わることもある。だからこそ、日本は事実とルールに基づく注意喚起を積み重ね、長期的な交流の持続可能性を確保していく必要がある。
中国で施行された新法は、単なる国内規制ではない。日本人にとっては、渡航・表現・ビジネスの各場面で現実的な影響を及ぼす制度変更である。過度に恐れる必要はないが、軽視もできない。正確な情報と慎重な行動を武器に、冷静な警戒を続けることが、いま日本人に求められている。