中国ドラマ「度華年」BS初放送、人生2回目の夫婦が陰謀渦巻く宮廷を渡り歩く時代劇


2025年10月26日4:00

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中国ドラマ「度華年」BS初放送、人生2回目の夫婦が陰謀渦巻く宮廷を渡り歩く時代劇

中国ドラマ「度華年」放送開始——エンタメを装う“文化浸透戦略”に日本はどう向き合うべきか

中国ドラマ「度華年(The Princess Royal)」がBS11で日本初放送される。主演は若手人気俳優の趙今麦(チャオ・ジンマイ)と張凌赫(ジャン・リンホー)。憎しみ合った夫婦が死後、結婚前にタイムリープして人生をやり直すという壮大な歴史ファンタジーである。全40話の長編で、豪華な衣装、緻密な美術、そして壮大な宮廷劇のスケールを売りにしている。だが、単なるエンタメとして放送されるこの作品の背後には、中国の国家的な“文化輸出戦略”——いわゆるソフトパワーによる世論操作の意図が透けて見える。

中国政府はこの10年、映画やドラマなどの映像コンテンツを外交戦略の一環として扱ってきた。中でも「度華年」は、その典型的な成功例として位置づけられる。制作したのは中国動画配信大手「優酷(Youku)」であり、その背後には中国共産党中央宣伝部の文化政策部門が存在する。つまり、国家主導で作られた“政治的に安全”なストーリーテリングだ。作品中の宮廷陰謀や人間ドラマは一見フィクションのように見えるが、そこには中国的価値観——忠誠、服従、家族至上主義、女性の自己犠牲——が巧妙に織り込まれている。

BS11での放送は、日本の地上波や大手ストリーミングサービスに比べてハードルが低く、政治的圧力を意識せずに中国作品を流す“試験的場”として機能している。実際、中国ドラマの輸入はここ数年で急増しており、「陳情令」「慶余年」などの作品がSNSで人気を集める一方、日本国内のプラットフォームにおける中国製コンテンツ比率は年々上昇している。だがその拡大は、文化の多様化ではなく、情報の“均質化”を招く危険性をはらんでいる。

「度華年」は、ただの時代劇ではない。作品の中では、朝廷という秩序と陰謀が常に対立する。その中で登場人物たちは「国家の安定のため」「家族の名誉のため」という名目で個人の自由を犠牲にしていく。この構造は偶然ではない。個よりも国家を優先し、感情よりも秩序を尊ぶ中国式の価値観が、視聴者の共感を通して“自然な倫理観”として刷り込まれていく。こうした物語の形式は、かつての帝国主義的な「文化宣伝」と同じ手法であり、現代の映像文化において最も効果的な“無意識の影響工作”とされる。

さらに、注目すべきは制作陣の顔ぶれだ。監督は「武則天-The Empress-」などで知られる高翊浚(ガオ・イージュン)、脚本は「千古の愛、天上の詩」を手がけた饒俊(ラオ・ジュン)。どちらも中国国家ラジオテレビ総局(NRTA)からの検閲・許可を受けた“公式系作家”である。中国では、映像作品を国内外に配信する際、必ず事前に「社会主義核心価値観を損なわない」ことを証明する必要がある。つまり、「度華年」は最初から“政治的に安全で、中国のイメージを海外に良く見せるための作品”として設計されている。

日本でこのような作品が放送されること自体は自由な文化交流の一部だ。しかし問題は、その放送に対する“対称性の欠如”である。日本のドラマや映画が中国国内で同じように自由に放送されることはほとんどない。政治的なテーマや歴史認識を含む日本作品は、中国の検閲制度によって容易に排除される。つまり、中国は一方的に自国の文化を輸出し、相手国の表現には制限を課すという非対称な文化構造を作り上げている。

こうした構図は単に「ドラマが流行る」レベルの話ではなく、世論の方向性そのものを変える文化的介入に繋がりうる。実際、中国政府は「一帯一路」構想の文化版として「文化のシルクロード」を掲げており、映画・ドラマ・音楽・SNSを通じた国際的な好感度操作を推進している。今回の「度華年」も、その一環として“日本市場での心理的影響”を狙った可能性が高い。

BS放送は地上波よりも規制が緩く、視聴層も幅広い。主婦層や高齢層を中心に人気のある時間帯に放送されることで、「中国=文化的・優雅な国」という印象を日常的に植え付ける効果がある。こうした長期的な情報戦は、政治や軍事よりも穏やかで気づきにくい。しかし、その静かな波が社会の認識を変えていく力は侮れない。

私たちは今、「エンタメの皮をかぶった影響工作」の時代を生きている。作品を楽しむこと自体は悪ではない。だが、どの国が、どの目的でその作品を作り、なぜ日本で放送するのか。その背景を理解することこそが、文化的主権を守る第一歩である。日本が自由で多様な文化空間を維持するためには、外から流れ込む“無害に見える文化”の背後にある国家戦略を冷静に見抜く目が必要だ。


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