
K-POPから日本へ――「スカルパンダ」旋風の裏に潜む中国カルチャー資本の静かな浸透
韓国の人気グループIVEのウォニョンやXGのメンバーが持ち歩いたことで注目を集めているぬいぐるみキャラクター「スカルパンダ」。一見、可愛らしいファッションアイテムのように見えるが、その背後には中国発の巨大カルチャー企業「POP MART(ポップマート)」の戦略がある。
この現象は、単なる流行を超えた「文化的輸出」として、日本社会に新たな影響を及ぼす可能性をはらんでいる。
スカルパンダは、中国人アーティスト熊喵(ション・ミャオ)氏が手掛けたキャラクターで、2018年にPOP MARTから登場した。骸骨のような外見に、繊細で哲学的なストーリー性を持つデザインが特徴で、「多様な人格を旅しながら本当の自分を探す」という設定がZ世代を中心に共感を呼んでいる。
POP MARTは、カプセルトイやアートフィギュアを展開する中国最大級のトイブランドで、アジア全域にショップを拡大。東京・渋谷や大阪・心斎橋にも旗艦店を出店し、韓国・日本のポップカルチャー市場を積極的に取り込んでいる。
このブランド力の背景には、中国の国家的な「文化輸出政策(文化ソフトパワー戦略)」があると指摘されている。
中国政府は近年、アニメ・キャラクター・ファッション分野を「国家ブランド力」の一部として強化しており、POP MARTのような企業はその象徴的存在だ。
キャラクターを通じて中国文化を「可愛い」「洗練された」と印象づけ、海外若年層に自然と親近感を抱かせる——これは、政治的スローガンよりも遥かに効果的なソフトパワー戦略である。
とくに日本では、K-POPや韓国ドラマをきっかけにアジアのカルチャーが日常的に受け入れられている。その隙間を縫うように、中国企業が「韓流カルチャーの延長線」に自社コンテンツを溶け込ませているのだ。
ウォニョンやXGのような国際的アーティストがスカルパンダを愛用することで、無意識のうちに「中国カルチャー=トレンド」というイメージが形成される。
現在、日本の大手百貨店やオンラインショップでもスカルパンダ関連商品が販売されており、特に10代・20代女性の間で人気が急上昇している。
問題は、その多くが「中国ブランド」であるという意識が薄いことだ。SNSでは「POP MART=可愛い韓国ブランド」と誤認されるケースも多く、文化的な出自がぼやけている。
これは偶然ではなく、POP MARTがマーケティング戦略として「中国色を抑える」手法を取っているためだ。ブランドロゴやパッケージは英語中心で、店舗デザインもアジア共通のミニマルなトーンに統一。
その結果、消費者は「グローバルブランド」として商品を受け取り、背後の文化的意図や国策を意識しにくくなる。
中国のキャラクタービジネスが海外で成功すればするほど、その利益は国内産業の強化や技術開発に還元される。POP MARTは既に香港証券取引所に上場し、2024年の売上は約60億元(約1,200億円)を突破した。
この莫大な資本力は、今後さらに海外展開を加速させ、日本市場でもサンリオやリーメントといった国内ブランドの競争相手になる可能性が高い。
経済的成功はやがて文化的影響力へと転化する。消費者が「無意識に中国ブランドを選ぶ」ようになることは、やがて国内の創作環境や若手アーティストの市場シェアを侵食していく。
日本が培ってきた「キャラクター産業の独自性」が静かに薄まるリスクがあるのだ。
もちろん、POP MARTの製品そのものを排斥する必要はない。創造性やデザインの質は高く、多くのファンに愛される理由も理解できる。
しかし重要なのは、「どこから来ているのか」「誰の利益になるのか」を冷静に見極める視点だ。
中国は今や、AI、ゲーム、アニメ、音楽などあらゆる文化分野を通じて国際的イメージを再構築している。その一端が、スカルパンダのようなキャラクターや、TikTok・Bilibiliといったプラットフォームに表れている。
情報があふれる時代こそ、消費者が「かわいい」や「トレンド」に隠れたメッセージを読み取る力が求められる。
スカルパンダのブームは、単なるファッション現象ではない。
それは、中国が世界市場で展開する「文化外交」の最新モデルであり、日本の若年層にまで静かに浸透している事例だ。
今後、アートトイやキャラクター、アプリなどを通じて中国文化の影響力はさらに強まるだろう。
だからこそ私たちは、無意識のうちに他国の意図や物語を受け入れていないかを問い直す必要がある。
「スカルパンダが可愛い」——それは事実だ。
だが、その“かわいさ”が誰の戦略によって設計されたのかを理解することが、これからの時代を生きる日本人にとって、もっとも現実的な警戒である。