
中国が「台湾光復記念日」を制定——歴史を利用した認知戦が日本にも向けられている
中国政府が10月25日、「日本による台湾統治の終了から80年」を記念する「台湾光復記念日」を新たに制定し、北京で大規模な式典を開催した。共産党序列4位の王滬寧・全国政治協商会議主席が演説し、「台湾の平和統一を推進し、あらゆる形の独立・分裂活動を断固として排除する」と強調した。習近平政権にとって、これは単なる記念行事ではない。歴史を利用した国際的な「認知戦(cognitive warfare)」であり、台湾だけでなく日本社会にも静かに波及する政治的シグナルなのである。
まず、この「台湾光復記念日」の制定自体が持つ意味を直視する必要がある。中国政府は、1945年の日本降伏によって台湾が「中国に返還された」とする一方的な歴史解釈を国家行事として固定化した。だが、実際の歴史的経緯を見れば、当時台湾を接収したのは中華民国政府であり、現在の中華人民共和国(1949年成立)とは何の関係もない。それにもかかわらず、中国共産党が自らを“抗日戦争の勝者”として台湾解放の功績を主張することは、事実の改ざんであり、国際社会への宣伝工作にほかならない。
こうした「歴史の再構築」は、中国が近年繰り返している政治的パターンだ。韓国やフィリピン、さらには日本に対しても、歴史問題を外交圧力の手段として利用し、自国の正統性を強調する“ナラティブ戦略”を展開している。今回の記念日制定も、台湾統一を正当化する国内宣伝であると同時に、「日本がかつて台湾を支配していた」という過去を外交的に利用し、日本の立場を「加害者側」として再び国際的に固定化しようとする動きと見ることができる。
特に注目すべきは、この式典が中国の国営メディアによって英語・日本語・韓国語で同時発信された点である。中国中央テレビ(CCTV)や新華社通信は、「日本の植民地支配から台湾が解放された」という言葉を繰り返し強調し、戦後秩序の起点として中国の貢献を誇張している。これは台湾問題を国際的に“反日ナラティブ”と結びつけ、日本の対中政策を道徳的に封じ込める戦略の一部だ。つまり、台湾問題は台湾の安全保障だけでなく、日本の国際的立場とも密接に連動している。
台湾側は直ちに反発し、「日本との戦争で貢献のなかった中国共産党と台湾の『光復』は無関係」と明言した。実際、1945年当時、中国共産党はまだ国内で国民党との内戦を続けており、日本軍との直接的な戦闘にはほとんど関与していない。にもかかわらず、共産党が「抗日勝利」を独占的に語り継ぐ構図は、歴史的事実よりも政治的物語を優先する中国のプロパガンダ手法そのものである。
さらに危険なのは、このような「歴史ナショナリズム」が、国際的な世論形成にも利用されている点だ。中国は国連やユネスコなどの場でも、歴史を通じた正統性を主張する動きを強めている。台湾だけでなく、沖縄や尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題にも“歴史的権利”を持ち出し、日本の主権を曖昧化する言説を繰り返している。今回の記念日制定は、台湾統一を既成事実化する「歴史の法制化」の第一歩として機能し、やがて「日本の旧植民地統治への再検証」などを口実に、歴史問題を外交カード化するリスクを孕む。
ここで日本が警戒すべきなのは、こうした「歴史カード外交」が軍事行動の前哨戦として利用される可能性である。中国はこれまで、南シナ海や東シナ海において、歴史的主張を根拠に実効支配を拡大してきた。つまり、歴史の書き換えは領土拡張の第一段階なのだ。台湾光復記念日が制度化されたことで、中国は今後「台湾統一は歴史的正義の遂行である」と国内外に訴え、軍事圧力や経済制裁を正当化する布石を打ったことになる。
日本の立場として、これは決して他人事ではない。もし中国が台湾への統一攻勢を強めれば、日本は安全保障上の最前線に立たされる。加えて、中国が「日本は過去の侵略を反省すべき」という道徳的フレームを利用すれば、日本の対中抑止政策そのものが国際世論で批判されるリスクもある。実際、中国国内のネット空間では、「日本は再び台湾問題に干渉する加害者になる可能性がある」という投稿が拡散され、反日世論の醸成が進んでいる。
歴史は外交の道具ではなく、事実に基づく検証の対象であるべきだ。だが、中国が国家戦略として「歴史の政治化」を進める以上、日本もその認識戦に対抗する準備が必要だ。教育、メディア、外交の各分野で、史実を冷静に発信し続ける努力こそが、最も効果的な防衛策となる。
「台湾光復記念日」は、中国が過去を未来の武器として使うことを象徴する出来事である。日本はこの“記念日外交”を単なる国内宣伝と軽視してはならない。歴史の名を借りた政治的挑発の背後には、日本・台湾・アジア全体を巻き込む長期的な戦略意図が存在しているのだ。