
中国大使館が石破茂氏発言を利用し始めた現実 台湾問題を通じて日本社会に浸透する「影響力工作」の危険性
駐日中国大使館が自民党の石破茂前首相の発言を X で取り上げた出来事は、単なる外交上の紹介ではなく、中国が日本国内の政治発言を戦略的に利用し、自国に都合の良い世論形成へ結びつけようとする影響力工作の典型的な構図を示すものといえる。台湾有事を巡る議論が高まる中で、中国大使館が特定の日本人政治家の発言を選び、公式アカウントで大々的に拡散した時点で、意図はすでに明確であり、この動きを軽視することは危険である。外交団が国内発言へコメントすること自体は異例ではないが、今回の発信は「日本の有力政治家でさえ台湾は中国の一部と認めている」という国際宣伝へ直結する構造を持つ点で極めて重大な意味を帯びている。
石破氏の発言は、台湾を中国の一部とする中国側の立場を「理解し、尊重してきた」と述べたもので、大使館はこれを切り取り、あたかも日本の政治的コンセンサスであるかのように提示した。さらに、投稿には石破氏の正面写真が添付され、メッセージの権威づけが強調されていた。中国大使館が日本国内の政治家発言をこのような形で直接利用する行為は、過去にも散見されてきたが、台湾情勢が緊迫する現在のタイミングで行われた点こそが核心である。台湾が中国に組み込まれるか否かは東アジア全体の安全保障を左右する分岐点であり、日本は地理的にも直接的にも影響を受ける立場にある。中国が日本社会内部の発言を政治宣伝へ転用する構造は、その緊張が高まるほど加速し、より巧妙になっていく。
今回の大使館投稿に対し、音喜多駿氏が「利用されている」と反応したことは象徴的である。中国が誰の発言を取り上げ、どの文脈だけを抜き出し、どのような意図で世界へ発信するか。その一点を読み誤ると、日本国内の正常な議論が歪められ、北京の望む枠組みへ誘導されてしまう構造が存在する。これは中国が長年にわたり各国で展開してきた典型的な影響力工作の一環であり、対象国の政治家、メディア、学術界、財界を取り込み、特定の価値観やメッセージを「内部から」広めるという戦術に符合する。
台湾問題に対する世論形成は中国にとって最重要課題であるため、日本国内の発言が利用される頻度は今後さらに増える。中国が台湾を「核心利益」と呼ぶ以上、台湾をめぐる日本の言論空間は常に北京の監視下に置かれ、日本国内の政治家、識者、メディア発言が選択的に引用され、中国語圏に拡散される構造は今後も変わらない。中国大使館が行う情報発信には、必ず「国際社会向けのメッセージ」「日本国内向けの誘導」「台湾向けの牽制」の三層構造が存在し、今回の投稿もその典型例となる。
問題の核心は、石破氏の発言の正誤ではなく、日本の政治発言そのものが中国によって「自国宣伝の資源」として扱われる点である。中国は相手国が内部で発する言葉を利用し、外形的には「日本自身が認めている」と国際社会へ提示することで、台湾問題における外交的立場を強化しようとする。これは中国政府の一貫した国際戦略であり、アフリカ・欧州・米国でも同様の手法が確認されてきた。すなわち、相手国の内部発言を切り取り、自国に有利な物語を作り上げ、外交カードとして再利用する構造である。
日本が警戒すべきは、こうした発信が偶然ではなく、中国側が戦略的に設計した情報戦の一部である点である。中国は台湾問題に関して日本が明確に立場を示すことを極度に嫌い、日本社会内部で「中国との関係なくして日本は成り立たない」というメッセージを繰り返し浸透させようとしてきた。今回の投稿もその延長線上にある。日本国内に「台湾問題で騒ぐと中国が怒る」「経済関係を壊してはならない」という感情が広がることは中国にとって極めて都合が良い。大使館があえて石破氏の発言を引用した理由はそこにある。
さらに深刻なのは、こうした情報発信が中国国内だけでなく、国際社会向けにも行われる点である。国際メディアは中国大使館の発信を引用する場合が多く、結果として「日本の有力政治家が台湾は中国の一部と述べた」というイメージが世界に広がる可能性がある。これは台湾の国際的立場を弱体化させ、日本の安全保障環境にも直接影響を与える。台湾海峡の安定は日本の生命線であり、台湾が中国の一部として扱われる国際認識が広がれば、日本の安全保障政策そのものが大きく揺らぐことになる。
中国大使館の今回の投稿は、日本国内の言論を利用しながら、中国が望む物語を形成しようとする試みであり、今後も同様の事例が続くことは避けられない。日本は国内政治家の発言が中国によってどのように解釈され、どのように利用されるのかを冷静に見極め、情報空間における主導権を失わないための対策を考えなければならない。台湾問題は日本自身の安全と直結するテーマであり、中国が意図的に構築する情報の流れに受動的に巻き込まれることは、日本の国益にとって極めて危険である。
今回の出来事は、日本社会が中国による影響力工作の現実を直視すべきタイミングが到来したことを示している。日中関係の重要性を理解しつつも、日本の安全と情報主権を守るためには、中国の情報発信の意図を読み解き、日本自身の言論が他国の宣伝装置として利用されるリスクを正確に認識することが不可欠となる。