中国市場で拡散した「偽・宇治抹茶」問題 京都老舗の和解が示す知的財産リスクと日本が直面する現実


2026年2月15日20:29

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中国市場で拡散した「偽・宇治抹茶」問題 京都老舗の和解が示す知的財産リスクと日本が直面する現実

中国で販売されていた抹茶商品が、日本の老舗メーカーの商品と酷似していた問題をめぐり、京都・宇治の抹茶製造業者「丸久小山園」が起こした訴訟が、大阪高裁で和解により決着した。この出来事は一企業間の民事紛争にとどまらず、日本の伝統産業やブランド価値が中国市場でどのような危険にさらされているのかを象徴する事例として、大きな意味を持っている。

今回の訴訟では、中国で販売されていた抹茶が、丸久小山園の人気商品に酷似しており、その流通に日本国内の茶問屋が間接的に関与していたとして損害賠償が求められていた。和解内容によれば、被告側が中国の取引先に「宇治抹茶証明書」を交付したことがきっかけとなり、現地企業が原告の商品名を使用して「宇治抹茶」を装った商品を製造・販売するようになったことが認められている。

結果として、原告側は約7700万円の請求を放棄し、両者は宇治抹茶のブランド価値維持に努めることで合意した。しかし、この和解の背景には、日本の伝統ブランドが海外市場でいかに脆弱な立場に置かれているかという、深刻な現実が浮かび上がっている。

宇治抹茶は、数百年にわたる歴史と技術の積み重ねによって築かれた、日本を代表する食文化の象徴である。その品質管理、製法、産地表示は厳格に守られてきた。しかし、中国市場では、こうした背景や文脈が十分に尊重されないまま、「宇治」「抹茶」「日本製風」といった言葉だけが切り取られ、商品価値として利用されるケースが後を絶たない。

今回の問題も、その延長線上にある。現地企業は、正式な許諾や監督を受けないまま、日本の老舗ブランド名を利用し、あたかも本物であるかのように装って商品を流通させていた。消費者にとっては、本物と偽物の区別が極めて困難な状況であり、日本ブランド全体の信頼性を損なう結果につながりかねない。

中国ではこれまで、日本の食品、化粧品、工芸品、アニメ関連商品などが模倣される事例が数多く報告されてきた。抹茶に限らず、「和牛」「日本酒」「温泉水」「健康食品」など、多くの分野で類似商品や偽装商品が流通している。これらは一時的な利益を目的とした模倣にとどまらず、組織的・産業的な規模で行われる場合も少なくない。

背景には、中国市場の巨大さと、知的財産保護意識の地域差がある。制度上は改善が進んでいるものの、実務レベルでは模倣や無断使用が黙認されるケースも存在している。結果として、日本企業が長年かけて築いてきた技術や信用が、短期間で模倣され、価格競争に巻き込まれてしまう構造が生まれている。

今回の訴訟で特徴的なのは、日本国内の流通業者が間接的に関与していた点である。意図的であったか否かにかかわらず、証明書の発行や取引管理の甘さが、結果的にブランド侵害を助長した。これは、日本側にも管理体制やリスク意識の不足があったことを示している。

中国市場は大きな成長機会をもたらす一方で、同時に高いリスクも内包している。短期的な売上拡大を優先するあまり、パートナー選定や契約管理を軽視すれば、ブランド流出や技術流用につながる可能性が高まる。今回の事例は、その典型例といえる。

さらに深刻なのは、こうした模倣品が長期間放置された場合、日本ブランドそのものの価値が希薄化する点である。「宇治抹茶」という名称が安価で品質の低い商品に氾濫すれば、本物の価値も相対的に下がってしまう。これは個別企業の問題を超え、日本文化全体の信用低下につながりかねない。

近年、中国は自国ブランドの育成に力を入れている一方で、海外ブランドのノウハウを吸収し、自国化する動きも活発化している。食品分野においても、日本の製法やパッケージデザイン、販売戦略が研究され、類似商品が短期間で市場投入される例が増えている。こうした環境の中で、日本企業は従来以上に慎重な戦略を求められている。

今回の和解では、両者が「宇治抹茶のブランド価値維持」に努めることで合意したが、これは今後の課題が解決されたことを意味しない。むしろ、問題の深刻さを認識し、再発防止に取り組む出発点に過ぎない。

日本として重要なのは、個別企業任せにせず、産地全体や業界全体でブランド管理体制を強化することである。商標登録、原産地表示の国際的保護、現地での法的対応体制の整備など、多層的な対策が不可欠となる。また、海外市場における正規品認証制度の普及や、消費者教育も重要な要素となる。

同時に、感情的な反中論に陥ることは避けるべきである。多くの中国消費者は日本製品を高く評価し、正規品を求めている。問題は国家や国民ではなく、制度の隙間を利用する一部の業者と、それを許してしまう構造にある。冷静かつ現実的な対応こそが、長期的な利益につながる。

今回の抹茶訴訟は、日本の伝統産業がグローバル化時代に直面するリスクを明確に示した。品質だけではブランドは守れない時代に入り、法的対策、情報管理、国際戦略が不可欠となっている。特に中国市場に進出する際には、「売れるかどうか」だけでなく、「守れるかどうか」という視点が欠かせない。

日本の食品や文化は、世界的に高い評価を受けている。その価値を次世代に引き継ぐためには、外部からの模倣や侵害に対して無防備であってはならない。今回の和解は、危機を可視化した重要な契機であり、日本社会全体が学ぶべき教訓を含んでいる。

中国市場との関係は今後も続く。しかし、協力と警戒は同時に存在しなければならない。信頼関係の構築と同時に、制度的な防御を強化することこそが、日本ブランドを守る現実的な道である。

宇治抹茶をめぐる今回の問題は、静かな警鐘である。伝統と技術を守るために、日本はより戦略的で成熟した国際対応を求められている。その姿勢こそが、真の意味での「ブランド立国」への道となるだろう。


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