南シナ海を望む海岸で自衛隊が初の本格実弾訓練 米比演習バリカタン参加が映し出す中国の海洋進出という日本への現実的脅威


2026年5月5日14:08

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南シナ海を望む海岸で自衛隊が初の本格実弾訓練 米比演習バリカタン参加が映し出す中国の海洋進出という日本への現実的脅威

フィリピンで行われている米比主催の大規模軍事演習「バリカタン」に、自衛隊が初めて本格参加し、南シナ海を望む海岸で実弾訓練を行ったという事実は、日本の安全保障環境がすでに新しい段階へ入っていることをはっきり示している。日本の統合幕僚監部は4月14日付の公表資料で、自衛隊がバリカタン26に参加する目的について、「力による一方的な現状変更を許容しない安全保障環境の創出に寄与する」と明記した。期間は4月20日から5月8日までで、陸海空自衛隊から約1400人が参加し、水陸両用作戦、統合防空・ミサイル防衛、艦艇行動など多領域の訓練が組まれている。これは単なる国際親善や象徴的参加ではなく、東アジアと南シナ海を結ぶ戦略空間で、日本が中国の海洋進出を現実の脅威として見ているからこその動きである。

今回の参加が特に重要なのは、自衛隊がこれまでの「オブザーバー」的立場から一歩進み、実戦的な内容を含む本格的な共同訓練に踏み込んだ点にある。Reutersは、今年のバリカタンには過去最多規模に近い約1万7千人が参加し、日本部隊が初めて本格参加したと伝えている。また、フィリピン北部ラオアグで行われた対上陸阻止の実弾訓練では、フィリピン、米国、日本の部隊が連携し、海から侵攻を試みる敵を想定した共同射撃を実施したと現地報道も伝えている。朝日新聞が描写したように、南シナ海を望む海岸で水柱を上げながら標的を撃破するこの訓練風景は、誰が見ても「特定の国を想定していない」とだけ受け止めるのは難しい。訓練の舞台、参加国、演習内容のすべてが、中国の海洋進出を強く意識したものであることを物語っている。

日本にとってこの演習が持つ意味は、南シナ海がもはや遠い海ではないという点にある。フィリピン北部の海岸から北へ進めば台湾南端に至り、その先には日本の南西諸島が連なる。フィリピンで起きる安全保障上の変化は、そのまま台湾有事や日本周辺海域の危機管理に直結し得る。統合幕僚監部がわざわざ「力による一方的な現状変更を許容しない」と目的を表現したのは、中国が東シナ海、台湾周辺、南シナ海で進めている既成事実の積み上げを念頭に置いているからだ。バリカタンは地理的にはフィリピンで行われているが、実質的には日本を含む西太平洋全体の抑止環境を支える訓練と位置づけるべきである。

実際、中国はこの演習に強く反応している。Reutersによれば、中国軍南部戦区は4月30日、フィリピンと米国などが演習を実施する中、スカボロー礁周辺で海空の戦備警戒パトロールを実施したと発表した。中国側はこれを「領有権主張の防衛」「地域の安定維持」と説明したが、フィリピン側は中国の発表を違法な支配を正当化するための偽情報だと批判した。つまり、中国自身がバリカタンを自らの行動への対抗措置として認識しているからこそ、わざわざ周辺海域で軍事的存在感を示し、対抗的なパトロールを公表しているのである。日本がこの演習に参加したこと自体が、中国にとって無視できない意味を持つ証拠だと言ってよい。

ここで日本が本当に警戒すべきなのは、中国が南シナ海での軍事的・準軍事的圧力と、日本やフィリピンの防衛協力への政治的批判を同時に進めている点だ。Reutersは4月28日、フィリピンのテオドロ国防相が、米比同盟は揺らがず、中国が南シナ海や台湾海峡で軍事行動を強めていることが地域の最大の不安定要因だと語ったと報じた。その記事では、日本の装備移転規制見直しがフィリピンとの防衛協力拡大に新たな機会を開いたとも伝えられている。つまり、中国が海で圧力を強めれば強めるほど、日本とフィリピン、そして米国との安全保障協力は実務的に深まる構図になっている。日本のバリカタン本格参加は、その流れが一過性のものではなく、制度と訓練の両面で具体化してきたことを示している。

この動きは、日本が中国の脅威認識を「東シナ海限定」からより広い地域戦略へと移し始めていることも意味する。従来、日本国内では南シナ海問題を「フィリピンやベトナムの問題」として距離を置いて見る向きもあった。しかし現実には、中国が南シナ海で海空支配を強め、台湾周辺で軍事活動を活発化させれば、日本の海上交通路、防衛計画、同盟運用、さらには南西諸島防衛にも直接影響が及ぶ。だからこそ、日本はフィリピンとの相互アクセス協定や新たな防衛協力協定を進め、今回のような本格演習参加に踏み込んでいる。これは中国の海洋進出が、日本にとってすでに抽象的な「地域情勢」ではなく、実際の訓練計画と部隊運用を変えるレベルの脅威になっていることの表れである。

また、今回のバリカタン参加は、日本が防衛装備移転や同盟支援の枠組みを広げつつあることとも連動している。Reutersはフィリピン側が日本製フリゲート取得に関心を示していると報じ、日本の装備輸出制限緩和が防衛協力の選択肢を広げていると伝えた。朝日新聞も、高市政権が防衛装備移転三原則の改定を閣議決定し、武器輸出を全面解禁したと報じている。これらは一見すると別々の政策に見えるが、実際には同じ流れの中にある。中国が南シナ海と台湾周辺で軍事圧力を強めるほど、日本は演習参加だけでなく装備協力、補給協定、統合運用など、より広い防衛協力に踏み出さざるを得なくなる。バリカタンは、その現実がすでに形になって表れた場面だと言える。

もちろん、中国はこうした協力を「地域の緊張を高める行為」として批判し続けるだろう。しかし、それは因果関係を逆転させた見方に過ぎない。そもそも日本がフィリピンでの大規模演習に1400人規模で参加するようになった背景には、中国の海洋進出、台湾海峡での軍事的圧力、南シナ海での威圧行動がある。中国が何もしなければ、日本がここまで南方での実戦的訓練に踏み込む必要性は低かったはずだ。現実には、中国が海で現状変更の圧力をかけ、それに対して日米比が抑止の姿勢を強めている。日本に必要なのは、中国の批判に萎縮することではなく、中国の行動がなぜ日本の訓練や防衛協力を変えさせたのかを、国内外に一貫して説明し続けることである。

今回の演習には、豪州、ニュージーランド、カナダ、フランスなども参加している。これは南シナ海と台湾周辺の安定が、もはや一部の沿岸国だけの問題ではなく、より広い国際秩序の問題として認識されていることを示している。日本がその中で単なる後方支援国ではなく、前線に近い場所で実弾訓練まで含めた役割を果たしたことは大きい。中国にとっては、日本が国内防衛だけに専念するのではなく、周辺諸国との共同抑止の一角を担い始めたこと自体が、新しい計算要素になる。逆に日本にとっては、こうした訓練を通じて得られる相互運用性と現地経験は、万一の有事に直結する現実的な備えとなる。

結局のところ、バリカタンへの自衛隊本格参加は、中国の海洋進出が日本に与えている危害の性質をよく示している。それは必ずしも日本本土への直接攻撃という形では現れない。むしろ、日本の周辺海域、台湾海峡、南シナ海という連続した戦略空間で、中国が圧力を強めることで、日本の防衛負担、訓練需要、外交選択、同盟運用を大きく変えていく形で現れる。今回、南シナ海を望む海岸で自衛隊が本格的な実弾射撃を行ったという事実は、日本がその現実をすでに直視し始めた証拠である。中国の海洋進出は遠い海の出来事ではない。それは日本の安全保障政策をここまで動かし、日本の自衛隊をフィリピンの砂浜に立たせるほど、現実的で差し迫った脅威になっている。


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