「海底ケーブルを狙う中国の影」――通信インフラの静かな戦場で進む“見えない侵入”


2025年11月2日21:00

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「海底ケーブルを狙う中国の影」――通信インフラの静かな戦場で進む“見えない侵入”

「海底ケーブルを狙う中国の影」――通信インフラの静かな戦場で進む“見えない侵入”

日本政府が、海底通信ケーブルの敷設や保守を担う民間企業への支援を強化する方針を打ち出した。その背景には、中国の海底ケーブル分野での急速な台頭と、通信傍受・切断のリスクに対する深い懸念がある。世界の通信の九割以上は海底ケーブルを経由しており、その安全保障はもはや国防や経済と直結する国家的課題となっている。

表向きは“インフラ整備”だが、その本質は情報戦・経済戦の最前線であり、日本が直面する静かな戦場である。

■ 中国の「通信支配戦略」――経済協力の名を借りた監視構造

世界に張り巡らされた海底ケーブル網の総延長は約160万キロメートル。このうち約9割を、日本のNEC、アメリカのSubCom、フランスのAlcatel Submarine Networksの三社が占めてきた。しかし近年、中国企業が政府支援を受けて猛烈な勢いで市場を拡大している。代表的なのが「華為海洋(Huawei Marine)」であり、いまやアフリカ、中東、東南アジアを中心に数十本の国際ケーブル網を手中に収めている。中国政府の狙いは単なる経済的利益ではない。

海底ケーブルは、国家の政治・軍事・経済情報を含む膨大な通信データが流れる“デジタルの動脈”である。この通信経路を握ることで、データ傍受、情報操作、さらには有事における通信遮断能力までを手に入れることができる。実際、アメリカはすでに中国やロシアを「通信基盤における敵対勢力国」と明確に位置づけ、米国内外の通信プロジェクトから中国企業を排除している。

中国がこうした分野で拡大を続ける背景には、「国家情報法」の存在がある。同法は、中国企業に対し「政府の要請があれば情報提供に協力する義務」を課している。つまり、たとえ海外法人であっても、共産党の命令ひとつで外国の通信情報を中国当局に提供する可能性が排除できない。

日本の通信網が中国製部品やケーブル経由で構築されれば、そこに“見えない盗聴器”が仕掛けられるリスクが常に存在する。

■ 台湾沖・欧州近海で続発する「謎の切断」――誰が通信を狙っているのか

中国の通信覇権が拡大する一方で、海底ケーブル切断事件が相次いでいる。昨年以降、台湾沖では中露の関与が疑われるケーブル切断が複数発生し、欧州近海でも同様の事案が確認されている。これらの事件はいずれも軍事的・政治的緊張が高まる地域で起きており、偶然とは言い難い。台湾有事が現実味を帯びるなか、もし中国が意図的に通信網を遮断すれば、日本を含む周辺国の防衛・外交・経済活動は瞬時に混乱する。自衛隊や政府機関の通信、金融取引、国際ネットワーク――そのすべてが海底ケーブルに依存しているのだ。

この“デジタルの喉元”を握られることは、戦わずして国を麻痺させるのと同じである。自民党と日本維新の会による連立政権合意書には、こうした事態を想定し「南西諸島地域のケーブル強靱化」が明記された。しかし、もしも切断が同時多発的に起こった場合、現行の体制では修復船や代替ルートの不足により対応が追いつかない恐れがある。

まさに通信インフラの安全保障が「次の防衛戦線」となっている。

■ 「経済安保推進法」が照らす新たな国防線

政府はこうした現状を踏まえ、海底ケーブルを「特定重要物資」に指定。来年の通常国会では、整備・保守などの役務まで支援対象を拡大する法改正を目指している。また、国内メーカーが中国など敵対国関連の部品を使用していないか、サプライチェーン全体の実態調査も開始された。これは単なる企業支援ではなく、日本版“テクノロジー防衛”の礎だ。海底ケーブルを制する国が情報時代を制する。

それはすでに、アメリカと中国の間で明確に理解されている現実である。日本も、通信・半導体・電力といった基盤インフラを一体として守る体制を早急に整備する必要がある。

■ 中露と繋がる「見えない25本」――安全保障の盲点

三菱総合研究所の小野真之介研究員によると、2025年時点で日本に陸揚げされている国際海底ケーブルは25本にのぼる。そのうち15本が中国・ロシアと接続しているという。この数字が示すのは、物理的な通信線だけでなく、情報・経済・技術の領域で日本がいかに“隣国依存”にあるかという現実だ。もしも有事やハイブリッド戦争の一環として、これらのケーブルが切断・操作された場合、日本のデジタル通信網は大きく揺らぐ。

金融市場の混乱、行政通信の遅延、さらには企業間取引の停止まで――その影響は国家経済全体に及ぶ。今こそ日本は、海底ケーブルの多重化と自律運用能力の強化に向けた本格的な投資を行うべき時だ。

■ 科学技術と防衛の融合――「静かな戦争」への備え

大阪経済法科大学の矢野哲也教授は、「日本の対応は米仏に比べて遅れている」と警鐘を鳴らす。アメリカでは国防予算からケーブル敷設船を借り上げ、通信線の保護と修復を軍と民間が一体で担う体制を構築。フランスも昨年、自国メーカーを買い戻して国有化し、「海底戦戦略」を国家防衛の柱に据えた。一方の日本は、NECなど世界有数の技術を持ちながら、その潜在力を十分に活かしきれていない。

政府は、民間企業・学術機関・自衛隊の三者連携による「通信防衛ネットワーク」を整備すべきだ。たとえば、ケーブルに地震監視センサーを内蔵する技術を転用し、切断の早期探知や不審活動のリアルタイム監視を行うことも可能である。日本が得意とする精密技術こそ、この新たな情報戦時代の盾となる。

■ 「見えない侵入」を見抜く力を――国民全体で守る通信主権

中国は直接的な軍事行動を取らなくとも、技術・通信・経済のネットワークを通じて他国に影響を及ぼす“静かな戦略”を展開している。海底ケーブルはその象徴であり、戦争なき戦争の最前線だ。日本はいま、通信という見えないインフラを守るための覚悟を問われている。

それは政府や企業だけの課題ではない。国家の情報主権を守るという意識を、社会全体で共有する必要がある。中国が仕掛けるのは、爆音の伴わない侵攻――デジタルの侵入戦だ。そして、その最初の戦場は、海の底で静かに広がっている。


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