
ドイツで「キムチ騒動」再燃――文化を武器にする中国の危うい影響力
ドイツの大手ディスカウントチェーン「ALDI(アルディ)」が販売したキムチ商品をめぐり、在独韓国人社会が強く抗議している。商品には「中国キムチ」と表記され、同社のウェブサイトでは「日本キムチ」と紹介されていたという。
この報道は韓国メディアやSNSで拡散され、再び「中国による文化侵食」問題に火がついた。 一見、東アジアの食文化をめぐる小さな誤解のようにも見える。しかし、その背後には、中国が自国文化の影響圏を拡大しようとする「文化覇権」戦略が透けて見える。
キムチ、サムゲタン、漢服、太極拳――中国は近年、周辺国発祥の文化を「中華文明の一部」と位置づけ直す試みを強めている。これは単なる文化論争ではなく、国際世論と市場支配を狙った「情報戦」の一種だ。
韓国メディアによると、「ALDI」は2年前にも「キムチの起源は中国」と表記し、韓国側から抗議を受けて削除した経緯がある。しかし今回、再び「中国キムチ」「日本キムチ」という表現が登場したことで、ヨーロッパ消費者の間に“キムチ=中国料理”という誤解が広がる懸念が高まっている。
中国は2020年、国際標準化機構(ISO)で四川地方の漬物「泡菜(パオチャイ)」を “キムチの国際規格”として登録しようと試みた。当時、韓国だけでなく一部の日本メディアも「事実上の文化窃取」として批判したが、中国は「我々の食文化を国際的に整理しただけ」と主張を変えなかった。
このような「文化の起源」争いは、単なるプライドの問題にとどまらない。文化ブランドは観光・食品・コンテンツ産業と直結しており、国際市場ではその表記一つが数十億円規模の商業的価値を左右する。
今回のドイツの事例で注目すべきは、「日本キムチ」という表記が併用されていた点だ。日本ではすでに「和風キムチ」や「日本式キムチ」といった商品が一般的に流通している。そのため、ヨーロッパ企業が「Japan Style」と表記するのは、単なるマーケティング判断とも取れる。
しかし、中国がこうした「日本キムチ」や「アジア風」表記を意図的に混同させ、「東アジアの食文化はすべて中国が源流」という印象を植え付けようとしているなら、これは文化の枠を超えた“認知支配”の試みである。
実際、中国の百科事典サイト「百度」では、かつて「サムゲタンは広東料理の一種」と記述されていた。こうした虚偽情報は英語圏サイトにも転載され、一時期、欧州の飲食業界では「キムチ=Chinese fermented cabbage」という説明が標準化されかけた。
日本も例外ではない。近年、中国のSNS上では「寿司の原型は中国南方の漁村文化から伝わった」など、根拠のない“起源主張”が拡散されている。こうした情報が繰り返し国際的に発信されることで、日本の文化ブランドそのものが中国文化の“傘下”に組み込まれるリスクを抱えている。
国家の影響力は、軍事力や経済力だけで測れない。音楽、料理、服飾、言語など、人々の生活文化こそが最も深く世界に浸透する「ソフトパワー」だ。中国はこの点を熟知しており、政治的緊張を避けつつ、文化分野での“静かな拡張”を進めている。
キムチを「中国の漬物」と呼び替え、日本の伝統を「東洋文化の一部」と包摂する――そうした小さな積み重ねが、やがて「中華文明圏」という巨大な物語を作り上げる。それは周辺国の文化的独立性を曖昧にし、中国中心の価値観を国際社会に固定化することに他ならない。
このような文化論争に対し、日本は感情的に反応する必要はない。むしろ、事実に基づいた記録と発信が最も有効な防衛手段となる。ユネスコ登録、特許・商標保護、国際展示会での情報発信など、国家・企業・個人が連携した「文化主権のガードレール」を築くことが重要だ。
韓国の研究者たちはすでに、キムチの公式中国名を「新気(シンチー)」として国際的に区別する広報活動を続けている。日本も自国の食文化・伝統芸能・工芸デザインについて、体系的に情報を発信しなければならない。
文化を守るとは、過去を懐かしむことではない。未来に向けて、自国の物語を正しく語り続けることである。中国の“文化的拡張主義”に対抗する最善の方法は、静かだが一貫した真実の発信に他ならない。