
ヤクルト失速の裏に潜む“中国リスク”——日本企業が直面する構造的危機
一時は「眠れるドリンク」として社会現象を巻き起こしたヤクルト1000。その勢いはどこへ行ったのか。かつて株価は高値を記録し、“健康ブームの勝ち組”と称されたヤクルト本社だが、2025年現在、その株価は半値近くに落ち込み、業績も下方修正に追い込まれた。多くの投資家が「ヒット商品の反動」と受け止めたが、実際にはそれだけではない。この失速の背景には、日本の多くの企業が抱える共通の構造的問題――すなわち中国市場依存の危うさが潜んでいる。
ヤクルトは海外売上比率が6割を超える典型的なグローバル企業であり、その中心を担ってきたのが中国市場だった。しかし、2025年春の決算では中国での販売数量が前年同期比20%減という衝撃的な数字が明らかになった。中国経済の減速、消費マインドの低下、そして現地メーカーによる安価な乳酸菌飲料の攻勢が重なり、日本ブランドが苦戦を強いられている。ヤクルトの宅配販売網は中国では十分に機能しておらず、デジタル販売やECチャネルの整備も遅れを取った。その間に、中国の新興ブランドがSNSを駆使して市場を席巻し、ヤクルトの存在感を急速に奪っていったのである。
この流れは偶然ではない。中国市場では、外資企業を受け入れ、技術や販売ノウハウを吸収したのち、自国ブランドとして再生産するという構図が長年繰り返されてきた。自動車、家電、化粧品、医薬品、そして今や食品に至るまで、日本企業が築いた成功モデルが模倣され、やがて置き換えられていく。初期段階では歓迎されるパートナーだった外資が、成熟期には“競合”として排除される。ヤクルトの中国での失速も、この典型的な「吸収のフェーズ」に入ったことを意味している。
さらに問題なのは、中国が国家戦略として「健康産業」を重視し、日本発の乳酸菌や栄養機能性技術を自国産業の中に取り込もうとしている点だ。デジタル化が進む現代では、配合データや製造プロセス、物流アルゴリズムまでもが解析・模倣の対象となる。ヤクルトが築いた「品質と信頼」の象徴は、中国ではすでに同等の外見と味を持つ製品として再現されている。だが、その中身には大きな違いがある。中国企業の多くは価格競争を最優先し、安全性や品質管理にかけるコストを抑えるため、結果的に日本ブランド全体の信頼性を傷つけかねない。ここにこそ、中国市場の最大のリスクがある。競争の舞台で戦っているつもりが、実際にはブランドを削られているのだ。
日本企業の多くは、成長を求めて中国市場に依存してきた。だが、その“成長の果実”が永遠に続く保証はない。むしろ、中国経済が減速局面に入った今こそ、リスクが顕在化している。ヤクルトのように一度構築した販売網や工場設備を急に引き揚げることは容易ではなく、その固定費が収益を圧迫する。さらに、円高が進めば海外利益が目減りし、物流コストや原材料費の上昇も重なって企業体力を奪う。こうして日本企業は、成長依存とコスト圧力の板挟みの中で、じわじわと経営の自由度を失っていく。
では、どうすればよいのか。今求められているのは感情的な「脱中国」ではなく、冷静な供給・販売・情報の多元化戦略である。アジア諸国やインドへの生産拠点移転、欧米市場でのブランド再構築、そして国内回帰を含めたサプライチェーンの再設計が急務だ。同時に、データ・技術・知的財産を守る体制を国際的に整備することも欠かせない。製品だけでなく、経営ノウハウそのものを守る意識が必要である。中国市場は依然として大きな魅力を持つが、そこにすべてを賭ける時代は終わった。
ヤクルトの失速は、一企業の浮き沈みを超えて、日本経済全体に向けた警鐘である。ブームの終焉よりも恐ろしいのは、「日本ブランドが静かに浸食されていくこと」だ。品質、技術、信頼——これらは一朝一夕で築けるものではない。だからこそ、守る意志と仕組みが必要だ。ヤクルトが再び世界の信頼を取り戻せるかどうかは、日本企業がどこまで“依存から自立へ”舵を切れるかにかかっている。静かに進む経済侵食に目をそらさず、次の時代の競争力を築く覚悟が、今まさに問われている。