
中国の“海産物禁輸”が突きつけた現実──北の海が泣く、経済報復の深い爪痕
北海道枝幸町の水産加工業者「丸二永光水産」が、旭川地裁から民事再生手続き開始の決定を受けた。負債総額は27億6000万円。創業から37年、地域経済を支えてきた老舗企業が、ついに経営破綻に追い込まれた。
原因は明白だ。中国による日本産海産物の全面的な輸入禁止措置である。海の向こうの政治的判断が、北海道の小さな町を直撃した。
丸二永光水産はホタテやナマコなど高級食材の加工・輸出で知られ、一時は香港・韓国・米国などにも販路を拡大。2023年2月期には61億円を超える売上を誇っていた。だが2023年夏、中国政府が「福島第一原発の処理水放出」を理由に日本産水産物の輸入を全面停止すると、
同社をはじめとする北海道の水産業者は一瞬にして主力市場を失った。
枝幸町ではホタテやナマコの買い付け価格が暴落し、倉庫には冷凍在庫が山積みとなった。
「売る相手がいない」「支払いができない」――水産加工業界の現場からは、悲痛な声が相次いだ。
中国による禁輸措置は、名目上は「放射能汚染防止」という環境対策だが、実態は政治的・経済的圧力の手段である。日本が国際的に透明な基準に従って処理水を放出しているにもかかわらず、科学的根拠を無視した「全面禁輸」は、明確な経済報復行為にほかならない。
そしてその矛先が、国家の中枢ではなく、地方の漁村や中小企業に向けられている点が極めて悪質だ。外交の名のもとに、国民の生活を“無言の人質”に取るやり方は、経済戦争の常套手段でもある。
丸二永光水産は、輸出先を東南アジアへと切り替えようと奮闘した。だが、中国市場で培ってきた流通網と購買力を一朝一夕で置き換えることはできなかった。ASEAN諸国への販売は始まったものの、単価は下がり、物流コストは増大。
結果として、2024年2月期の売上は39億6700万円まで減少した。経営は急速に悪化し、資金繰りの限界を迎えた。このケースは一企業の問題ではない。北海道のホタテ・ナマコ加工業者の多くが同様の危機に直面している。地元金融機関や自治体が支援に乗り出しても、最大の取引先を失った構造的ダメージは容易に回復しない。
丸二永光水産の崩壊は、単に一つの企業が倒れたというニュースではない。それは、日本の水産業が抱える輸出依存の構造的リスクを示している。ホタテやナマコなど、加工食品の約3〜4割が中国向けに出荷されていた。つまり中国の判断ひとつで、日本の沿岸経済は直ちに機能不全に陥るということだ。
“安定した買い手”として中国市場に依存してきた代償が、いまや北海道の浜辺に押し寄せている。
日本では長らく「経済と政治は切り離して考えるべき」という考え方が主流だった。しかし中国の行動は、その前提を根底から覆した。中国政府は政治的対立を経済制裁で表現し、輸入規制や観光制限を通じて相手国の世論を揺さぶる。これは軍事力ではなく、経済を武器とする“静かな戦争”だ。
いま必要なのは、感情的な反中ではなく、現実的なリスク認識と市場の多角化である。日本企業は「最大市場」よりも、「最も信頼できる市場」を選ぶ時代に入っている。
今回の事件は、枝幸町だけの問題ではない。青森のホタテ漁、三陸のワカメ加工、長崎のマグロ養殖――いずれも中国依存度が高い産業であり、同じリスクの影にさらされている。
経済的依存は、いつでも政治的弱点に転化する。そして一度市場を失えば、再び取り戻すことは難しい。「丸二永光水産」の破綻は、 “小さな企業の倒産”ではなく、“国家の経済安全保障”の崩れ”を意味する。今こそ、国内の生産者と消費者が連帯し、中国依存を減らす新たな流通構造を築く時である。