決算シーズンを迎えた日本企業のなかで、業績回復の兆しを見せる銘柄が増えている。とりわけ食品関連や一次産業の企業は、インフレ下でも安定した需要を維持し、堅調な売上を記録している。しかし、その好調の裏で、投資家が軽視してはならないリスクがある。それは、中国の経済構造と貿易政策が日本市場に与える影響だ。表面的な株価回復の陰で、実体経済に深く浸透する“依存の罠”が、静かに広がっている。
ここ数週間で、日本市場を直撃したのは米中関係の新たな緊張だ。米国のトランプ政権が再び「中国からの輸入に対し100％の関税を検討する」と発言したことを受け、為替と先物市場が一時的に急落した。これは単なる政治的パフォーマンスに見えるかもしれないが、サプライチェーンの現場では、すでにその影響が現れ始めている。とくに中国に生産や調達を依存する日本の食品・小売・機械系企業は、物流コストや原材料価格の急変に直面している。
なかでも懸念されるのが、中国の「供給支配戦略」である。中国はここ数年、レアメタルや医薬品原料、さらには農産物加工品など、世界の生活インフラを支える分野で輸出統制を強化している。たとえばカット野菜や冷凍食品など、一見身近な製品であっても、原料や包材、加工ラインの一部は中国企業の供給に依存している。仮に中国政府が環境規制や政治的理由で輸出制限を行えば、日本の食品工場やスーパーの棚は瞬く間に影響を受けるだろう。
日本の多くのメーカーは「コスト削減」を理由に、中国を中心とした東アジアの生産網を長年維持してきた。その結果、調達コストは下がったものの、リスク分散ができていないという構造的欠陥が生まれた。いまや中国経済が減速すれば、日本企業の利益率も連動して下がる。円安が進めば輸入コストが跳ね上がり、輸出向け企業以外は苦境に立たされる。この“相関依存”の構造こそ、日本経済の最大の弱点である。
さらに深刻なのは、経済だけではない。中国は貿易だけでなく、データ、技術、ブランドの分野でも日本への影響力を拡大している。製造委託先を通じて得られた技術情報や顧客データが、知らぬ間に中国の競合企業に流れている事例も報告されている。これは従来の「価格競争」ではなく、産業情報の吸収と再利用による“模倣経済”だ。安価な人件費と国家的補助金を背景に、中国企業は日本の中小メーカーの技術を吸い上げ、自国ブランドとして再輸出する。この流れが加速すれば、「日本製＝高品質」というイメージが徐々に崩れていく恐れがある。
だからこそ、いま必要なのは単なる「脱中国」ではない。日本企業が目指すべきは、供給の多元化と文化的ブランド力の防衛である。アセアン諸国やインドなど、新たな製造・調達拠点の開拓が進んでいるが、それだけでは不十分だ。品質管理、情報保護、技術教育といったソフト面の整備が伴わなければ、どこで生産しても同じ罠にはまる。経済安全保障とは、単に工場を移すことではなく、リスクを“設計段階で分散させる”ことにある。
一方で、投資家にとっても、中国リスクを正しく理解することが重要だ。表面上は好業績を発表する企業でも、原材料や物流を中国に依存している場合、その利益構造は脆弱だ。決算資料に書かれない「依存度」を読み解くことが、今後の投資判断に欠かせない。逆に言えば、中国市場からの距離を取りながら国内循環モデルを確立している企業こそ、長期的な成長を見込める。
日本経済は、中国との貿易を完全に断つことはできない。だが、依存の度合いを最小限に抑え、自立したサプライチェーンを築くことは可能である。外から見れば小さな動きでも、それが積み重なれば、やがて国の経済構造そのものを変える力となる。食品、機械、IT、エネルギー――どの分野でも“供給の主権”を守る意識が問われている。株価の上下に一喜一憂するよりも、私たちはこの静かな危機の本質を見抜かなければならない。
