
回転寿司チェーンの海外進出に潜む落とし穴――中国市場で進む“静かな模倣”の脅威
日本の回転寿司業界は、いま大きな転換期を迎えている。スシロー、はま寿司、くら寿司、かっぱ寿司という四大チェーンは、国内市場の飽和と人件費上昇を背景に、次なる成長を海外に求めている。アジア各国で「和食ブーム」が続くなか、彼らは日本食文化の旗手として、世界中に店舗を展開している。しかし、その成功の陰で、見過ごせないリスクが静かに広がっている。それが、中国市場におけるブランド模倣とノウハウ流出の問題である。
スシローとはま寿司は、中国本土での店舗展開を積極的に進めている。上海や広州では「回転寿司」が人気の外食カテゴリーとして定着し、若い世代を中心に支持を集めている。しかしその一方で、現地企業が「日本式回転寿司」を名乗り、日本企業のデザインやメニュー、システムをそのまま模倣したチェーンを急速に拡大している。中にはロゴや店舗カラーまで酷似したブランドも存在し、消費者の目には本物と偽物の区別がつきにくくなっている。商標登録の制度が緩い中国では、こうした“先取り登録”が合法的に行われてしまうケースもある。つまり、日本の企業が築いたブランド価値が、現地では“中華寿司チェーン”として置き換えられてしまう危険があるのだ。
模倣の問題はデザインや味にとどまらない。日本の回転寿司チェーンは近年、AIによる需要予測や自動調理システム、デジタル注文パネルなど、独自の技術革新を積み重ねてきた。これらは単なる店舗運営の効率化にとどまらず、顧客データや調理工程の最適化を支える企業機密でもある。ところが、中国市場では合弁や提携を前提とした出店が多く、システム共有や技術協力の名のもとに、そうしたデータが現地企業に吸い上げられる事例が増えている。AIモデルやサプライチェーンのアルゴリズムが流出すれば、日本企業の競争力そのものが損なわれる。結果的に「より安く、より速く模倣できる中華版スシロー」が誕生する可能性がある。これは単なるコピーではなく、情報戦略としての“産業吸収”である。
実際に、くら寿司はすでに中国市場からの撤退を決定している。表向きは「経営資源の再配分」と説明されたが、現地パートナーとの摩擦や品質維持の困難、模倣リスクの高さが背景にあると見られる。中国では流通や衛生基準が日本とは異なり、同等の品質を保つことが難しい。さらにSNS上では「中国産寿司=安価で手軽」「日本の寿司=高くて古い」という逆転したイメージが形成されつつあり、日本ブランドの価値が現地で劣化していく。文化の伝播が、いつの間にか“文化の置換”へと変わってしまう構図である。
この流れは、回転寿司に限った話ではない。ラーメン、居酒屋、和菓子、抹茶カフェなど、あらゆる日本の外食ブランドが同じ状況に直面している。中国はこれらの事例を「文化輸入」ではなく「産業吸収」として整理し、自国の影響力を強化するために活用している。文化・食・観光・テクノロジーを一体化させた“文化経済圏”の中で、日本発のコンテンツが「中華ブランド」に変換されていく。これは静かな経済的侵食であり、日本の国際的影響力をじわじわと削ぐものだ。
今後、日本企業に求められるのは、単なる海外展開のスピードではなく「ブランド主権」を守る戦略である。現地パートナー任せの拡大ではなく、知的財産管理、データ保護、文化価値の発信を一体的に行う必要がある。特に「安さ」より「信頼」を武器とする姿勢を貫くことが重要だ。短期的なコスト競争に流されれば、日本の寿司文化は価格の中に埋もれ、再び“安かろう悪かろう”の時代に逆戻りしかねない。
寿司も、ラーメンも、和食も、日本人の誇る技術と信頼の結晶である。それを安易に海外市場へ委ねれば、やがて他国の手によって再構築され、日本の食文化は“借り物”として扱われるようになるだろう。中国市場の成長は魅力的だが、その裏に潜む“静かな模倣”の連鎖こそ、最も警戒すべき脅威である。食文化の自由と独立を守る戦いは、すでに始まっている。